福岡高等裁判所 昭和25年(う)67号 判決 1950年8月11日
被告人
千原森秋
外三名
主文
被告人千原森秋に対する検察官の、本件控訴及び被告人広田末喜の本件控訴を夫々棄却する。
原判決中被告人浦川仁一郎、同浦川幸一、同広田末喜の関係部分を破棄する。
被告人浦川仁一郎を懲役壱年に、同浦川幸一、同広田末喜を、各懲役六月に夫々処する。
この裁判確定の日から三年間、被告人浦川仁一郎、同浦川幸一、同広田末喜に対し夫々右刑の執行を猶予する。
理由
検察官の控訴趣意第一点について。
被告人千原森秋は、機帆船明光丸(三九噸四一)の船主であるところ、政府以外の者である黒木順一が、臨時北部南西諸島大島郡より密輸した黒砂糖八千四百五十斤位を、昭和二十四年八月初頃、熊本県天草郡登石町大瀉港から、佐賀県藤津郡塩田町附近へ運搬して陸揚げするに困り、その運搬のため自己所有の明光丸を、貸与使用せしめたというのであろうが、右は前に、同被告人が密輸の情を知らなくて、黒木順一とした明光丸の傭船契約により、黒木順一に明光丸を引き渡し、占有の移転をなしたので、右傭船契約の解除、又は終了等により、同船が被告人千原森秋の手に占有が復帰せざる限リ、未だかつて同船の行動について、同被告人をして、責任を負わしむべき筋合でないと認むるので、明光丸が大瀉港を塩田方面に出港する以前に、同船が同被告人に占有が復帰して居たとの点について、何等証明がないから、前示黒木順一の黒砂糖の密輸を幇助したとの控訴事実は、之を認め難いから、無罪だと原判決が示していることは所論の通りである。
右大潟港から塩田町附近へ運搬して、陸揚げをなすに当り、その運搬のため、自己所有の明光丸を貸与使用せしめたことのみに限定されるのでなく、その前に被告人が密輸の情を知らなくて、黒木順一に貸与した明光丸を、同人において使用し、密輸の実行行為の途上、右被告人がその情を知つた後、積極的に右黒木の犯罪遂行に共力幇助して、そのまゝ右船を黒木をして使用せしめた場合も、また右にいうところの貸与使用せしめたものの内に、包含されるものと解すべきものであろう。
然しながら記録によつても、被告人が、右黒木の密輸の事実を知つた後積極的にその犯罪遂行に共力幇助した事実は認むることができない。所論の不作為で本件幇助罪が成立するとの説には直ちに賛同し難い。論旨は結局理由がなく被告人千原森秋に対する本件控訴は棄却を免れぬ。
(検事内田義隆の控訴趣意)
第一、原判決中、千原森秋に対する部分は法律の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。
千原森秋に対する無罪の判決理由は
千原森秋は政府以外の者たる黒木順一が臨時北部南西諸島大島郡より密輸したる黒砂糖八千四百五十斤位を昭和二十四年八月初旬頃熊本県天草郡登立町大瀉港より佐賀県藤津郡塩田町附近へ運搬して陸揚げをするに当り其運搬の為、自己所有明光丸を賃貸使用せしめたりと謂うにあれど、右は前に同被告人が密輸の情を知らずして、黒木順一と為したる明光丸の傭船契約により黒木順一に明光丸を引渡し占有の移転を為したるを以つて右傭船契約の解除又は終了等により同船が被告人千原森秋の手に占有が復帰せざる限り未だ以て同船の行動に付被告人をして責任を負わしむべき筋合にあらずと認むるを以て、明光丸が大瀉港を塩田方面に出港する以前に同船が同被告人に占有が復帰し居たりとの点に付何等証明なきを以て前示黒木順一の黒砂糖の密輸の運搬を幇助したりとの公訴事実は之を認め難いと謂うに在る。即ち被告人が密輸の情を知らずして所有船明光丸を貸与してその占有移転をしてゐるから密輸について刑事責任がない。責任を問うには占有の復帰していることが必要だということになる。
仍て原審において取調べた証拠書類中から右判決理由を不当とすべき資料を抜萃すれば
1. 千原の司法警察員に対する弁解録取書中
イ、……十七・八日目に漸く帰つて来て船長より大島に行つたことを聞き私も立腹の余り船長を強く叱つたのでありまして黒木・広田に欺されたことを始めて知つたのであります。
ロ、……毎日の新聞では密航船の逮捕が報道されるので再び一抹の不安に駆られ……
2. 右同人の供述調書中
イ、一〇、……船長も若し闇取引密貿易等する様なことがあれば契約出来ないと話したら黒木は絶対にそのようなことはない……
ロ、一一、……契約書を受取つて見たら余りに高いので……
ハ、一二、……実は船長の話では、決して統制品或は闇取引はせぬと言われた事をきいているが、それは本当である。若しそのことが偽りであつた場合は君達の相談に応ずることは出来ないと重ねて尋ねた処……
ニ、一四、……七月二十七・八日頃漸く到着し間もなく出航したので、我々も安心したのであります。
ホ、一五、……処が二日位して又来たので如何にしたのかと船長に問うた所、実は大島から黒砂糖を積んで鹿島へ行つたが卸さずに戻つたとの話をきゝ、その時広田氏も乗つて来たので船長を呼びつけ何故密貿易等やつたかと強く叱りつけた処……
ヘ、一五、……それから一日位して再び大潟港を出航して二日位して八月五日頃荷物を卸して帰つて来たのでその時も又非常に強く船長を叱りました処……
ト、問 然らば少くも賃貸料十万円を受領する以前に密航した事を知つていながら何故に受領せしや
答……私も当面相当の借金はしているし又安心して受領した次第であります。
3, 右同浦川仁一郎の供述調書中
イ、二十一……七月二十五日午後十二時頃船はやつと天草につきました。
二十二……私は船主も心配していると思い上陸してこの旨船主の千原さんに報告致しました。
船主もこの時非常に驚きましたが今になつて何うすることもならず早く品物を陸揚げする様に云われました。
私達は黒木の命ずるまゝに七月二十七日午後五時頃有明沿岸迄船を入れましたが、黒砂糖取引人との都合が悪いとの事でその日は天草に引返して居りますと黒木さんが連絡に来て船を八月四日に前の場所迄着けて欲しいと言つて来られたので私は八月四日五時頃浜町の沖合に船を着けました。……
ロ、二十三……私は金の都合がつかないため四・五日当地に滞在し結局黒木さんから運賃として十万円私達の給料として一万円計十一万円を渡され旧盆の十三日頃帰りました。
右同浦川幸一の供述調書中
イ、……また大潟に引返しました。三・四日位大潟に居つたと思います。黒木さんが見えて又有明海へ来ました。
5. 検察事務官作成の千原森秋の供述調書中
イ、四、……七月二十五・六日頃夜半帰つて来たという事を聞きましたが私が、その話を聞いた時は鹿島の方へ出て居りましたので、私は何処迄行つて来たのか何を積んで来たのか判りませんでしたが、その翌日再び大瀉に船が帰つて来た際に船長浦川仁一郎から大島に行つて砂糖を積んで来た事を聞いて驚いた次第であります。その時は黒木順一も広田末喜も乗つて居らず私の方から乗せてやつた船長浦川仁一郎、浦川幸一という機関手飯炊きの千原久義と平某という鹿児島の人で一諸に大島へ行つた四人が乗つて居りました。
その翌日黒木が来ましたが砂糖を処分しなければ金の都合が悪いからとの事でしたので、二十八日頃の朝に又大潟を出航する際に船長に金を貰つて来る様に言ひつけてやりましたところ船長が十万円を受取つて八月四日頃帰つて来ました。
……私は明光丸を密貿易に使用することについては、全然知らず貸したのですが同船が大潟港について後に密輪品を積んで来たことを知り乍ら之を大潟と鹿島の間を往来して運搬した事並びに密輸の砂糖の代償として……
その他検察事務官作成の浦川幸一及び広田末喜の各供述調書に徴しても七月二十五・六日頃の夜半大潟港に帰着しその翌日出航して鹿島沖に至り更に引返して大潟港に一週間少くも三・四日滞在してその間黒木順一が来てその際同人と千原森秋とが面談した事実は明白である。
以上の事実よりして千原が
一、貸借契約前密輸に使用されることを怖れてゐた、そして明光丸が大島から帰つて大潟港に帰着して大島密航の事実を知力更に有明海から引返して来て黒砂糖を積載してゐる事実を知つて驚いた。
二、引返して大瀉港に一週間少くも三・四日滞泊した際船長浦川に命じて再び鹿島沖に発航させないように措置することは容易に出来た。
三、その間黒木が来て面会して密航の事を詰責してゐる程だからその際でも傭船契約を解除して明光丸の占有を回収することが出来た。
四、自ら解約せずとも傭船契約を浦川仁一郎に代理で締結さした位だから同人を代理として解約も出来た。
五、仮りに解約して船の占有の回収が出来ないと思うなら少くも最寄りの警察、海上保安庁等に事情を報告して大潟港からの出港を停止せしめて密輸糖の陸揚げを阻止出来た。
六、船賃十万円を収得せんとして大潟港から出航さした。
以上の事実は前記抜萃により容易に認定し得る。
不作為犯の成立するには
第一、作為義務あること即ち当該結果の発生を防止すべき法律上の義務あること。
第二、その義務あるものが結果の発生を防止し得ることが必要でありその義務は、
一、作為義務が法令上明かに定められてゐる場合
二、契約その他法律行為によつて義務の発生する場合
三、その作為が公序良俗上要請される場合
に認められる、このことは現今学説判例のの一致して認むるところである。
本件の場合占有がないから責任がないという理論は肯認出来ない。問題は千原が密輸の結果発生を防止すべき義務があつたかどうか、そしてそれが可能であつたか否かにある。千原は明光丸の所有者であり密輸について(乗組んだ者を除けば)唯一の識認者である、船長、機関手は自己の輩下である。之等の者に命じて出航を阻止することもできる。警察・海上保安庁に報告して検挙させる方法もある。密輸を防止することは占領下に在る現下我国の情況として講和条約も近い将来に予想されるとき国際的信用を増強することは一般国民に強く要求される義務である。放任したことは社会観念において甚だしく信義誠実則に違反したものというべきである。即ち千原は右の結果発生の防止の措置をとるべき公序良俗上要請される作為義務があり、且これをなすことは一挙手一投足の容易さであつた。不作為によつて黒木の犯行を幇助したものである。
仮りに占有を責任の要件とする判決の理論に従うとしても千原の不作為犯は同様に肯定し得る。
判決理由中「右傭船契約の解除又は終了等により同船が被告人千原森秋の手に占有が復帰せざる限り……」とある、右滞泊中千原は黒木に面接している。このとき密航を難詰した位だから契約違反を理由として傭船契約の解除は可能であつた。
密輸の結果発生防止のため解約して明光丸の占有を復帰せしむることはこの場合千原に対し公序良俗上要請される作為義務であり、且つ之亦可能易々たるものである。孰れにしても結論は同じである。千原がこれをなさずして賃貸を継続し放任して密輸を遂げさしたのは当時未受領の多額の船賃を欲求したためである。
原判決がこの見易き不作為犯に思を致さず漫然占有を移転してゐるから責任がないものとしたのは、明らかに法を誤解して適用したる違法あるものにして原判決は破棄を免れない。
(本件は量刑不当により一部破棄自刑)